部屋を片付けよう
ものを「捨てる」という行為が苦手だ。その原因は大きく分けて二つ。一つ目は何を捨て、何を残すか見極めなければならないこと。そして二つ目は実際にそれを捨てなければならないことだ。何かを捨てるためには勇気が必要だと思う。生半可な気持ちでは「今じゃなくてもいいか」とずるずる先延ばしにしてしまい、いつまでも片付けることができない。
それでも捨てなければいけない、はやく部屋を綺麗にしなければいけない。でも、捨ててしまったら後悔するかもしれない。そう考えれば考えるほど、憂鬱な気分になっていく。できない、やらなきゃ、やっぱりできない。思考がぐるぐるとループして、結局何も捨てられず、部屋はごちゃごちゃと散らかっていくばかりであった。
もうすぐ一年が終わる。色々と言い訳をしてきたけれど、今日こそは部屋を片付けて、綺麗になった家で気持ちよく新年を迎えたい。そう奮起したはいいけれど、漫画や雑誌があまりにも多すぎてさっそく挫折しかけている。ああ、やっぱり無理だ……あれ、この漫画ってどんな話だっけ。捨てるときの判断材料になるかもしれないし、ちょっとだけ読んでみようかな。
「進んでます?今どんな感じですか」
ネズさんが部屋に入ってくる。やる気をなくし、床に倒れ込んで漫画を読んでいるわたしを見て、ネズさんはハァ……とため息をついた。
「……それ、片付けしないまま日が暮れるやつですよ」
だ、だって、もう無理ですよこれは。まあ、今まで片付けなくても何だかんだ生きてこれたし、本当にやばくなったらきっと本気出して片付けます。多分。しどろもどろに言い訳をしたら、「そんな日は来ません」と一蹴されてしまう。ぐうの音も出ない。
そうは言っても、やっぱりできないものはできないんです。面倒くさいし、やる気も続かないし。こんなにたくさん片付けなきゃいけないものがあるなんて、永遠に終わりませんよ。もうやめたいです。ぶつぶつと文句を垂れていたら、ネズさんはまたため息をついて、それから屈み込んでわたしに視線を合わせた。至近距離でまじまじと見つめられてばつが悪い。
「投げやりになってはいけませんよ。いきなり全て処分しようとしないで、焦らず、一つずつ判断していけばいいんです。捨てるのがつらいならフリマアプリで売ってもいいですし。一度手放しても、必要になったらまた買えばいいんですから」
確かに、焦りすぎていたかもしれない。完全にやる気をなくして横になっていたけれど、漫画を閉じて上体を起こした。
「片付けってつらいことばかりじゃねえと思います。家が綺麗になったらすっきりしますよ。ほら、おれも手伝いますから一緒に頑張りましょう。ちゃんと綺麗にできたら褒めてあげますからね」
ネズさんが褒めてくれる!その事実だけで俄然やる気になってきた。自分で言うのも何だが、わたしは褒められて伸びるタイプなのだ。褒められたり感謝されたりすることよりも怒られてやる気をなくすことのほうが多い世の中だけど、ネズさんはいつも優しい。何をやってもできないできないと喚くわたしを戒めつつ、最後まで見捨てないでいてくれる。
わたしがいらいらしていたら落ち着かせてくれて、落ち込んでいるときは話を聞いてくれる。何かを成し遂げれば、それがどんなに小さなことでも「頑張りましたね、やればできるじゃねえですか」と微笑みながら頭を撫でてくれる。その笑顔が大好きで、また頑張ろうと思えるのだ。
この部屋をぴかぴかにして今回もたくさん褒めてもらうぞ……!そう意気込み、わたしは再び立ち上がった。
*
お、終わった……終わった~~!!!!ネズさんに言われた通り、一気に全部片付けようとせず、少しずつ地道に努力を重ねた。何度も嫌になって、もうやめた!今日は終わり!と寝転んでしまいそうになったけれど、その度にネズさんが「最後までやるって決めたのは誰でしたっけ?」と初心に返らせてくれた。多すぎて部屋を埋め尽くすほどだった雑誌や漫画を厳選し、ほこりっぽかった部屋は換気しつつ隅々まで掃除してあげた。見違えるほど綺麗になって、まるでわたしの部屋じゃないみたいだ。思わずほう、と感嘆のため息を漏らすと、隣にいたネズさんがくすくす笑った。
「ほら、綺麗になったら心地いいでしょう」
ネズさんの言う通りだ。部屋が汚くても何だかんだ暮らしてこれたし、片付けても片付けなくても何も変わらないと思っていた。だけど、見える世界が全然違ったのだ。諦めずにやり切った甲斐があった。
……でも、わたし一人じゃここまで綺麗にできなかった。すぐにやる気をなくして寝転がっていただろう。こんなに晴れやかな気分になれたのは、全部ネズさんのおかげです。何度も励ましてくれて、たくさん応援してくれてありがとうございます。そう伝えたら、ネズさんは目尻を下げてへにゃりと笑った。こっちへおいで、そう言われて近づいたらふわりと抱き締められる。
「確かにおれも手伝いましたけど、何を捨てるか、どう片付けるか判断したのはおまえですよ。たくさんあったのに、最後まで本当によく頑張りましたね」
ネズさんが優しく頭を撫でてくれる。嬉しい、本当に嬉しいな。最後まで頑張ってよかった!これで思い残すことなく楽しく年を越せそうだ。
write:2020.12.27
edit:2021.05.13