top of page

​遅寝・遅起き

 沈んでいた意識がふっ、と浮き上がった。もう朝か。目をこすりながらスマホを確認する。午後二時半。──また寝坊してしまった。
昨日もずっと眠れなくて、そろそろ寝なきゃと思いつつ夜が白むまで布団を被ってネットサーフィンに没頭していた。しかしいったん眠りに落ちたら再び目覚めることはなく、こうして昼すぎまで眠ってしまう。その繰り返しだ。昼夜逆転の生活になりつつあることを自覚しているけれど、だからといってすぐにどうにかできるものではない。
「おはよう、やっと起きましたか」
 背後から声をかけられて驚いてしまう。考えごとをするのに夢中で、ネズさんが同じ布団のなかにいることに全く気がつかなかった。慌てて寝返りを打つ。ネズさんは自分の腕を枕にしていた。ぱちりと目が合う。
「お、おはようございます……ネズさんも遅起きですか?珍しいですね…」
「いや、おれは今から昼寝するところです。誰かさんがいつまでも起きないから暇してたんですよ。というか昨日の夜は一緒に寝てないでしょうが」
 ぐうの音も出ない。お寝坊さんと一緒にしないでください、と呆れたように鼻をつつかれ、胸がきゅうと痛む。せっかくの休日なのに半日も寝潰してしまった。そして一日中ふたりでいられるなら一緒に出かけたいと思っていたのに、わたしが起きないせいでネズさんの時間まで奪ってしまった。申し訳なくて思わず目をそらす。
「……おまえの寝顔や寝言を好きなだけ堪能できる休日も意外といいものですよ」
「えっわたし寝言なんて言ってたんですか……!?変なこととか呟いてませんでした!?」
 恥ずかしいところを晒したのかもしれないと慌てるわたしを見て、ネズさんはくつくつと笑った。
「冗談です。また近いうちに休みを合わせますから、次は一緒に早寝・早起きしてどこかに行きましょうね」
 よ、よかった……。わたしが落ち込んでばかりいるから気を遣って冗談なんて言ってくれたのかな。安堵と罪悪感によるため息。
「すみません……いやほんと置いてってもらって構わないので、ネズさんはどこかお出かけになってください、せっかくのお休みですし……」
 ネズさんの顔が曇る。せっかくわたしに合わせてくれるって言ったのに、その優しさを台無しにしてしまう可愛くない自分がいやになった。でもネズさんにばかり無理をさせていて、あまりにも申し訳なさすぎる。
「……おれではおまえを変えられないとでも思ってます?」
 ネズさんがにやりといじわるな顔をした。へ、と間抜けな声が漏れる。
「気持ちよさそうに眠っているから放っておいてあげているだけで、本気を出したおれはかなり厳しいですよ。次の休みは一緒に寝ましょう。そしてずっと一緒にいて、朝も一緒に起きましょうね。スマホなんか見てる暇もないくらい、おれだけに集中させてやりますから」
 瞬きの間に顔が近づいて唇を食まれた。目の前にいるのは優しいお兄ちゃんなんかではなく飢えた獣だ、そう気づいたときにはもう遅かった。

write:2020.03.10

edit:2020.08.01

©2020 by Einbahnstrasse。Wix.com で作成されました。

bottom of page