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食べなくちゃ

 日が暮れる頃ようやく目を覚ます。SNSを開くと楽しそうな投稿が沢山目に入って、思わずスマホを投げ出した。ベッドからずるりと抜け出して冷蔵庫を覗きに行く。苛々を誤魔化したくて食べてしまう。チョコレート一日分。鏡を見てはうんざりする。こんな姿であの人に好かれるはずがない。優しいあの人は見た目なんかで人を判断しないけど、醜い姿で大好きな人に会いに行くなんて自分が許せない。このままじゃ会えない、会いたくない。わたしをわたしだと認識してほしくない。苛々するから食べる。マシュマロ一週間分。全然お腹いっぱいにならない。骨みたいにガリガリなあの娘、どう見ても似合わない服でライブに来るあの娘。会場で一人だけ浮いてる。嫌い。この間ファンサされてたあの娘、SNSでリプもらってたあの娘。わたしにはあんなに優しくしてくれないのに。嫌い。連絡先をもらったなんてはしゃいでたあの娘。嘘だ、周りを牽制するための出任せに決まってる。虚言癖、誇大妄想、あんな娘に好かれてる彼が可哀想。嫌い。しかもあの娘は絶対カレシ持ち。他の娘と楽しそうに話していたのを小耳に挟んだことがある。神聖なライブ会場で他人の惚気なんて聞きたくない。大嫌い。きっと毎日楽しいんだろうな。こっちはこんなに苦しんでるって言うのに、きっとまたマウント取って勝った気でいるんでしょう。羨ましい、そのお花畑な脳みそが心底羨ましい。もういっそ嫌いなはずのあの娘になりたいとさえ思う。あの娘さえいなければ、あの娘のようになれたらわたしにも、なんてそんなことを考える自分が嫌いで、あの娘を妬んでしまう自分が嫌いで、嫌いで、そんなことを考えさせるあの娘が本当に大嫌い。あの娘がいるからわたしはこんな気持ちになってしまう。食べる。アイスクリーム一年分。食べる度に理想の自分から遠ざかっていることに気付いているのに。次に鏡を見るときはもうヒトですらない何かがそこにいるんだろう。それでもやめられない。食べないと気が狂ってしまうから。わたしは彼が好き、あんな娘よりもずっとずっと純粋に一途に彼を想ってる。あの娘よりもずっと昔から彼を応援してきて、それなのに彼はわたしを認知してはくれなくて、よりにもよってぽっと出のあの娘のことばかり気にかけて、あの娘は沢山持っている癖に、わたしには彼しかいないのに、ああ本当に苛々する。お腹がくうと小さく鳴いた。棚の中にも冷蔵庫にも何もない。お腹すいたな、早く何か食べなくちゃ。このまま食べ続けていたらきっと風船みたいにお腹が膨らんでいつか破裂しちゃうのかな、なんておかしなことを考える。無惨な姿で発見されたらあの人も少しは気にかけてくれるかもしれない。ああ、それって最高だな。もっと沢山食べなくちゃ。またお腹が鳴った。

write:2021.01.31

edit:2021.08.01

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