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やさしいララバイ

 眠れない。ベッドに入ってからけっこう時間が経ったのに、眠気が一向にやってこない。無理やり目を閉じているとぐるぐると目が回るような感覚に襲われる。自分の心臓の音がうるさい、手や足の指先にどくどくと血液が流れているのが気になってしまう。鼓動が妙に速い。今日一日を振り返って反省会を始めてしまったり、未来への漠然とした不安に悩まされたりして、心安らかに眠ることができない。苦しくなってぱちりと瞼を開く。ブルーライトは目によくないと思いつつ、スマホを開いてネットサーフィンを始める。時間がどんどん過ぎていく。ダメだ、このままじゃダメだ。
 ベッドから抜け出して、隣の部屋に向かった。こんこんと小さくノックをする。……ネズさん、起きてますか。
「起きてますよ。どうしたんですか」
 がちゃりと扉を開ける。こんな遅くにすみません、なんだか眠れなくて。ネズさんは小さくため息をついた。ああ、また迷惑かけちゃったな。
「眠れなくても目を閉じているだけでいいんですよ、それもしんどいんですか?」
 こくりと頷く。目を閉じていると、今日もダメダメな一日だったな、ぜんぜん頑張れなかったなって考えてしまうんです、不安で眠れなくて、一人でいたくなくて……。ぼそぼそと呟く。わがままだとは分かっているけれど、ネズさんは優しいからつい甘えてしまう。
「仕方ないですね。おいで、一緒に寝ましょう」
 ベッドをぽんぽんと叩いてわたしを呼んでくれた。や、やった。ちょっぴりどきどきしながらベッドのすぐそばまで歩いていく。マットレスと掛け布団の間に体を滑り込ませる。すぐ隣にネズさんがいて、距離の近さに緊張してしまう。大きな手が伸びてきて、優しく頭を撫でてくれる。
「自分を責めすぎです。おまえは今日もたくさん頑張ってたでしょう、おれはちゃんと見てましたよ。そもそも生きてるだけですごくえらいんですから。今日も一日、よく頑張りましたね」
 温かい言葉をかけてもらって、胸につっかえていた何かがなくなったような感じがした。ネズさんは優しいな、いつもわたしの欲しい言葉を全部くれる。迷惑かけてごめんなさい、いつもありがとうございます、すき、ネズさんだいすき。墓場まで持っていくつもりの密かな恋心が、うっかり溢れ出してしまいそうになる。言葉にはできないけれど、せめて感謝の気持ちは伝わるといいな。へらりと下手くそな笑みを浮かべる。
「そうだ、頑張ったおまえに腕枕してあげます。ほら、頭を上げてください」
 う、腕枕……!言われた通りに頭を上げたら、ネズさんの腕がわたしの枕代わりになってくれた。細いながらも意外と筋肉のついた腕。男の人らしくて胸が高鳴る。だけど、腕枕をしてもらうということは必然的にネズさんと向かい合う形になって、体もさっきよりますます密着してしまって……どきどきが止まらない。呼吸が浅くなる。ネズさんの顔をまともに見られない。
「緊張してるんですか?心配しなくても何もしませんよ。それとも、……何かされちまうかもって期待しました?」
 低い声で耳打ちされ、声にならない叫びを上げてしまう。そんなんじゃないのに、何もされないんだ、なんて一瞬思ってしまった自分が恥ずかしくなる。わたし、何を期待しちゃってたの?頬に熱が集まるのが自分でも分かって、ネズさんにくつくつと笑われてしまう。いじわる、ネズさんのいじわる……。
「冗談ですよ。いじめすぎちまいましたね、すみません」
 ネズさんは少し困ったように、よしよしと頭を撫でてくれる。その手が移動して、布団の上からとん、とん、とわたしをあやしてくれて、速くなっていた鼓動が少しずつ凪いでいく。ふにゃふにゃと瞼が落ちてくる。
「お疲れでしょうし、今日はゆっくり寝ましょうね。お楽しみはまた今度」
 ちゅ、と鼻の頭に軽く口づけを落とされて、落ち着きかけていたはずの心臓がまた暴れ出してしまった。ひ、い、今、鼻の先にちゅって……!お楽しみって何ですか……!?鼓動がばくばくとうるさくて頭が回らない。ネズさんがわるい顔でにやりと笑った。優しいのにいじわるなネズさんは、わたしをまだしばらく眠らせてくれないみたいだ。

write:2021.02.06

edit:2021.08.01

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